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概要:井上哲也 野村総合研究所 金融イノベーション研究部主席研究員 [東京 29日] - 日本銀行は、17日公表した「金融システムレポート」で、地域金融機関に関する潜在的リスクを再び取り上げた。 現時点では自己資本が適切に維持されているとしても、預金や貸し出しといった本業の収益が低迷を続けているだけに、今後の景気後退などにより信用コストが上昇した場合、フローの収益による吸収能力を超えて、ストックの自己資本が毀損(きそん)する可能性を同レポートは指摘している。
井上哲也 野村総合研究所 金融イノベーション研究部主席研究員
[東京 29日] - 日本銀行は、17日公表した「金融システムレポート」で、地域金融機関に関する潜在的リスクを再び取り上げた。
現時点では自己資本が適切に維持されているとしても、預金や貸し出しといった本業の収益が低迷を続けているだけに、今後の景気後退などにより信用コストが上昇した場合、フローの収益による吸収能力を超えて、ストックの自己資本が毀損(きそん)する可能性を同レポートは指摘している。
本稿では前回、金融仲介の活性化を通じた景気刺激が必要となった場合、地域金融機関に低コストの資金源を提供するだけでは不十分となる可能性を議論した。そして、地域金融機関が将来の信用リスク増加を恐れて与信に消極的になることを防ぐためには、自己資本を充実させ得る資金供給手段が望まれることを指摘。日銀が金融庁と連携しながら、貸し出しを増加させた地域金融機関の劣後債務を買入れるオプションを示した。
しかし、地域金融機関が全体として外的ショックへの耐性を低下させているとすれば、その影響は与信の低迷だけにはとどまらず、地域金融機関の再編を通じた金融サービスの効率化や高度化を妨げる恐れがある。そこで今回は、効率的な再編に資する資金提供の方法について考察してみたい。
<自己資本不足の影響>
確かに、地域金融機関を取り巻く課題は、地域経済の疲弊や低金利の継続といった外部環境に加え、ビジネスモデルの限界や、人材や店舗などの経営資源の毀損といった内部要因に至るまで、多様かつ複雑である。したがって、合併を通じた再編を推進すれば全ての問題が解消するかのような議論には疑問も残る。実際、2015─17年に野村総研が開催した「国内金融の活性化に向けた研究会」でも、その効果を過大評価することに対して慎重な議論が有識者から聞かれた。
それでも、地域金融機関が大都市圏や本店所在地の隣県を中心に激しい金利競争を続けていることは事実だ。事業性評価を通じて融資先企業の健全性を高めても、金利競争のためにリターンを確保できないようでは、地域金融機関の収益力改善につながらないだけでなく、事業性評価に対するインセンティブも低下させ、地域経済の活性化を阻害しかねない。これに対して、合併を通じた再編は、金融機関数の削減を通じて金利面での競合を緩和する効果が期待できる。
もちろん、自己資本に潜在的な問題を抱える地域金融機関同士が合併した場合、金利競争は緩和できたとしても肝心の収益力強化は期待できない。
この点は、自己資本や収益の面で優れた金融機関がそうでない金融機関を合併する「救済型」のケースに限った話ではない。
地域金融機関が合併を通じてビジネスモデルを転換し、新たな金融サービスへの進出を図るためには、外部のパートナーとの連携やシステム投資、あるいは非戦略的な経営資源の償却といったニーズへの対応が必要である。そのために充実した自己資本が求められることは言うまでもない。つまり、地域金融機関が合併を通じた再編を進める上で、自己資本の充実度合いがその成否に大きな影響を与える訳である。
<自己資本を充実させるには>
このように、地域金融機関の合併・再編を円滑化させる上では、自己資本の充実に資する手段を公的機関が提供することには意味がある。一方で、前回議論した劣後債務の買入れと同じく公的資本の投入になるという意味で、その実現にはさまざまな視点からの慎重な検討が求められる。
ただし、前回論じたような与信の維持といった短期的目的に比べ、この方法が地域金融機関の再編を通じた地域経済の活性化という、長期的な政策目標を有することは事実だ。加えて、地域金融機関に貸し出し強化という困難な課題の達成を求めるよりも、ビジネスモデルの転換を通じた新たな金融サービスの提供を促すことができるのであれば、地域の企業や家計にとってより大きなメリットをもたらすことになる。
この間、公的資本の注入に伴うモラルハザードを防止するには、合併による再編を行う地域金融機関に対し、資金を活用してどのようなビジネスを展開するのか具体的な業務計画を提出させ、その審査をパスしたものだけに資金を提供することが必要となろう。これは、金融庁が問題の生じた金融機関に業務改善計画の提出を求めることと形式的には同じだが、前向きな内容が中心である点が異なる。
また、目的があくまでも合併を通じた再編の円滑化である以上、公的機関は目的が達成され次第、資金を回収することが望ましい。具体的には、当該金融機関から提出された業務計画に即して、注入資本の償還期限を設定することになろう。
その点でも経営危機に陥った金融機関に対する公的資金注入と形式的には同様になるが、こちらの場合、再編を通じて生まれた新たな地域金融機関が収益性を高めることができれば、公的機関がキャピタルゲインを享受できる可能性も小さくない。公的機関にとってこの措置からの「出口」を円滑にする効果も期待できる。
<日銀の役割>
キャピタルゲインが期待できるならば、地域金融機関の資本増強は公的機関ではなく民間投資家に委ねるべきだという反論もあろう。
理論上はその通りだが、現在のように地域金融機関全体にネガティブなイメージがある中では、なかなかうまく行かないことも事実だろう。そこで、こうした目的のための基金を作り、公的機関が「呼び水」として相応の投資を行うことで民間投資家の資金を呼び込む方法が考えられる。つまり、地域金融機関の合併による再編を促進するための官民共同の投資基金を設立するのだ。
ほとんど同じことは、合併による再編を行う地域金融機関向け投資に特化した上場投資信託(ETF)を日銀が買い入れることによっても実現できる。
もちろん、こうした政策は金融システム安定に深く関わるだけに、日銀が単独で行うのではなく、金融庁との密接な連携の下で実施される必要がある。金融庁も日銀も、地域金融機関による再編の動きは十分把握しているとみられ、資本注入の調整や判断も迅速かつ円滑に行えるはずだ。
こうしたETFの買入れは、これまでのような上場株式一般を対象とするものに比べてかなり小規模になろうし、その意味でインパクトが小さいとの批判もあるだろう。それでも、現行のETF買入れと問題なく並存することが可能であるだけでなく、地域経済の活性化に持続的な効果を持ち得る。こうした点で、ETF買入れの新たなフロンティアを開く効果も期待できる。
*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部主席研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。
(編集:山口香子)
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